THE LAUGHING WOLF

便所のお供に、是非。

異体字と私

小学二年生の時、国語の授業で「外」と云う漢字を習った。

「外国のガイはこの字ですね」

とは先生の御言葉

その時、クラスの剽軽者である健作君が

「え、ガイコツのガイ?」

とのたまった。それを受けて先生は

「ガイコツのガイはもっと難しい漢字ですよー」

と返した。

 

ガイコツは漢字でどう書くのか。気になった私は帰宅するや否や母から国語辞典を借り、ガイコツの項目を見た。

骸骨。成る程、ガイコツはこう書くのか。

これが切っ掛けで、私はそれから耳に入る言葉を悉く辞書で調べ、漢字の知識を身につけていった。勉強をしていると云う自覚は一切無く、虫好きな子供が昆虫採集をするような感覚で私は漢字に接していた。

 

これが、私が漢字に興味を持つようになった馴れ初めである。それとほぼ同時期に、私は「異体字」にも興味を持つようになった。

小学校入学と同時に買ってもらった、小学生用の漢字字典。私はこの字典を、母の辞典と共に耽読した。当然のことだが字典には漢字の成り立ちが具に解説されており、それぞれの字の古い字体も載っていた。

現在では主に「旧字体」と呼ばれる字体の他に古字や本字なども記載されていて(当時はその区別は一切ついていなかったが)、辞典ではお目にかかれない異形とも呼べる異体字の姿に、私は魅せられていった。パソコンを扱うようになってからはIMEパッドの機能を用いて、異体字を調べることに耽った。

 

小学校高学年になると家にあるものでは飽き足りなくなり、市の中央図書館で様々な字典、辞書、書物を漁るようになった。図書館に設置されている検索機械で「いたいじ」と検索すると『いたずらまじょ子のゆうれいたいじ』とか『痛いじゃないか!』とか全然関係無い本がヒットして苛々したのは良い思い出。

 

その中でも杉本つとむ氏の『漢字百珍』は本当に何度も何度も借りた。

『漢字百珍』は字典でも辞書でもなく異体字の蘊蓄本であり、約40字の異体字をテーマに掲げ、その一字一字を丁寧に解説していく方式で書かれている。テーマとなっている字は普通に生活していれば一生目にしないであろうけったいなものから、朝日新聞の「新」や和同開珎の「珎」といった有名な異体字まで様々である。

著者の杉本つとむ氏は早稲田大学名誉教授で、語源や異体字の研究の第一人者でもあり、夫々の解説の説得力には目を瞠るものがある。

また異体字を例に挙げて、杉本氏は日本の漢字教育の杜撰さを説いている。旧字体から新字体への移行や「邪馬台国」の読み方、常用漢字の不適当さなどを歴史的な裏付けで以て批判している。これを読んでからというものの学校の授業内容に不信感を抱くようになってしまった。なんとも可愛くない小学生である。

 

この本は更に私を漢字の世界へと引き込んだ。そしてまた、苗字を研究していく上でも異体字の知識は欠かせないものである。斎藤の「斎」や渡辺の「辺」などはその最たるもので、また私自身の苗字にも異体字が含まれており、表記の揺れや誤記も相俟って苗字の世界には異体字が溢れかえっている。このブログで取り上げている「街で見掛ける変な漢字」も、全て我々が常用している漢字の異体字である。

このように異体字は卑近とも呼べるほどに、我々にとって身近なものである。異体字を研究することは、正に「故きを温ねて新しきを知る」ことであり、我々に新しい発見を齎してくれるのである。

 

因みにこないだFacebookの「知り合いかも」の欄に健作が表示されたんだけどむちゃくちゃDQNになってて泣いた