THE LAUGHING WOLF

便所のお供に、是非。

輓近の命名事情

苗字を調べていると言うと、名前に興味は無いのかと問われることが多々ある。

確かに一時期名付けに於ける変わった漢字の読みを調べていたことはあった。然し最近は「難読の名前」の方向性が別のベクトルに向かってしまっていて、最早調べようとも思わない。

 

近頃変わった名前の子供が急増し始め、主にインターネット上にて物議を醸している。突出して珍奇な名前はインターネット上にて「DQNネーム」と呼ばれ、槍玉に挙げられることが多い。「DQN」は「ドキュン」と読み、ヤンキーなど非常識な人を指すネットスラングである。DQNネームと云う言葉自体は2002年頃から既に使われていた。

専らこの頃は「DQN」と云う言葉に顔を顰めたマスコミやママさん連中が「キラキラネーム」なる別称を擡頭させようと躍起になっているが、本質は同じなので瑣末な問題である。

 

実際どのような名前がDQNネームに当たるのか。実在する個人名をこのような形で挙げるのは憚られるので具体例は出さないが、大凡「名付けとして常識を通り越している」「名付けに相応しくない用字・用語」「普通に考えたら読めない」などの要素が挙げられる。

 

 

何故こういった名前が付けられるのだろうか。考えられる要因は

 

・子どもの個性を重視(自分の子供は唯一無二の存在、他人と一緒は嫌)

・親自身が周りからの注目を浴びたい

・マタニティ雑誌の名付け特集による変わった名前のプッシュ

 

と、基本的に親のエゴが宜しくない方向にはたらいた場合と推測される。

子どもの個性を尊重することは勿論大切なのだが、それが名付けに反映されると場合によっては子どもが苦労することになる。

 

 

DQNネームは様々な問題を孕んでいる。まず挙げられるのは揶揄の対象となるケース。最近小中学生の鬱が増加していて、その原因が変わった名前によるものだと云う発言を小児科の医師が行っている。また教育現場でも、先生が生徒の名前を読めなくて困る、名前を間違えると生徒が怒るなど様々な影響が出ている。就職活動の現場では、企業側が書類の段階であまりにも珍奇な名前の人は落としたりすると云う話を耳にする。

 

 

変わった名前に関連する事件を幾つか紹介してみる。

 

悪魔ちゃん命名騒動


 1993年の8月11日に東京都昭島市役所において、1枚の出生届が提出された。その出生届に記されていた男児の名前は、「悪魔(アクマ)」。当初昭島市は、「悪魔」という名前を構成している「悪」と「魔」、2つの漢字は常用漢字であり名前に関する法律に抵触しないとして、この届出を受理した。 しかし疑問を抱いた昭島市法務省民事局に相談したところ、「悪魔」という名前は子どもの福祉に有害をもたらす可能性が高いという理由で、出生届は受理しないことが適当となった。“悪魔ちゃん”の両親は他の漢字を使った「アクマ」という呼び名の名前を再び届け出るが、昭島市は不受理とした。マスメディアを巻き込んだこの命名騒動 は、ついに司法の下で決着を付けることとなり、1994年の2月1日に東京家庭裁判所八王子支部は、「悪魔」という名前を付けることを認め昭島市が受理しなかったことが違法であるという判決を下した。裁判に勝訴はしたが、赤ちゃんの両親は「自分たちの意図を伝えることができた」として「亜駆(アク)」という名前で届出を提出し、昭島市もこれを受理して一連の騒動は終結した。

 

恐らく、変わった名前に関する一番有名な事件だと思われる。この夫婦は1996年に離婚し、父親はその後覚せい剤取締法違反で逮捕されている。

 


「玻奈ちゃん命名騒動」


  名古屋市の夫婦が次女に「玻南(はな)」と名付けたが、「玻は人名用漢字ではない」と出生届を受理されなかったとして、この不受理処分に不服を申し立てた 審判の特別抗告について、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は、「『玻』の文字は社会通念上、常用平易な文字とはいえないとした高裁の判断は正当」と指摘し、抗告を棄却する決定をした。不受理処分が適法であることが確定した。決定は7日付夫婦は名古屋市の矢藤仁さん (41)と、清恵さん(39)。決定を受けて、清恵さんは「同じようなケースで、裁判所によって対応が分かれている。認められている漢字もあるので、がっかりしています」と話した。次女は無戸籍の状態が続いているというが、清恵さんは「近く、かなで出生届を出しに行き、通名で漢字を使う予定」と話している。 命名の理由は、仏教の七宝に数えられる「玻璃(はり)」から家族の大切な宝という思いを込めるとともに、旧約聖書に登場する模範的女性「ハンナ」にちなんで決めたという。矢藤さん夫婦は平成20年12月、名古屋市東区長に、「玻南」として出生届を提出。しかし、受理されず、名古屋家裁に不服を申し立てたが、却下され、名古屋 高裁に即時抗告した。同高裁も「戸籍法には常用平易な文字を用いるとされており、戸籍上使用が認められないことはやむを得ない」として、棄却していた。

 

一応玻南ちゃんは平仮名の「はな」として戸籍に登録されている様子。然しこの夫婦は6年経った今も裁判を続けている模様。検索すればこの嫁さんがブログをやってらっしゃるのが見つかるので是非読んでみて欲しい(親の反面教師として)。

 


「宇都宮父親殺し」


  宇都宮市内で2000年9月、「人生がうまくいかないのは名前のせいだ」と命名した父親(当時78)を刺殺した事件で、殺人などの罪に問われた栃木県小川町片平、かわら職人吉田要被告(54)に対し、宇都宮地裁は12日、懲役14年(求刑懲役15年)の判決を言い渡した。肥留間健一裁判長は「逆恨みし、父親の命を奪うなど、被告の犯した罪は極めて残忍」と述べた。 吉田被告は子どものころから父親の命名した「鼎(かなえ)」という名前に「字が難しく女性みたいだ」などと不満を持ち、約20年前に改名していた。その後、吉田被告はパチンコなどにのめり込み、借金に追われる生活となったが、「父親の命名のせいだ」と恨み、殺害を計画。昨年九月二十六日午後、宇都宮市竹下町の弟宅の離れで、包丁で忠一さんの腹などを刺して失血死させた。

 

判決を受けるときに裁判長から「鼎」という名前の素晴らしさを説かれて、そのとき初めて自分が忌憚していた名前の良さを知ったと云う、後味の悪い事件。名付けが原因で親殺しにまで至った例だが、記事を読む限り名前の他にも原因はある気がするが。

 

 


閑話休題、珍名に纏わる話は別に現代の日本に限らず、古今東西に於いて確認することが出来る。

 

最も古いと言われる珍名エピソードは今から約1800年前、呉の国の三代目の皇帝である孫休が自分の息子たちを命名するときに「名前は競合するべきではなく他のものが避けやすいようにした方がいい」と云うよく分からん持論で新しい漢字を作り、子どもの名前に用いたという。またこの新しく作られた字が難解なものであり、孫休はDQNネームの元祖とも言われる。


かの織田信長は自身の子ども、織田信忠に「奇妙丸」、織田信雄に「茶筅丸」などの変な幼名を付けたことで知られている。

 

森鴎外は子どもたちが国際人になった時に困らないように「於菟(Otto)」「茉莉(Marie)」「杏奴(Anne)」「不律(Fritz)」「類(Louis)」と、欧米風の名前を付けた。


吉田兼好徒然草で「人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ」と書いており、動もすれば変わった名前を付ける風潮は昔から繰り返されてきたのかもしれない。

 

 

珍名さんの話は枚挙に遑が無いのでこのくらいにしておいて、「DQNネーム」と云う言葉の使われ方に就いて考えてみる。

元々DQNネームと云う言葉はとびっきり珍奇な、ギョッとするような名前にしか用いられていなかったように思われる。変わった名前の子どもは確かに増えているが、DQNネームと云う言葉の擡頭に合わせて短絡な思考をする人が増えたのも事実である。少しでも読みにくかったり風変わりだったりしたら即DQNネームと断定する人、DQNネームを見掛けたら「老後もその名前なんだぞ」などと的外れな意見を言う人が多くいる。

最近ネットサーフィンをしていて、「愛美」と云う名前をDQNネーム扱いしている人を見かけて驚いた。理由は読みが「あいみ」なのか「まなみ」なのか「めぐみ」なのか、将又その他なのかすぐに分からないから、とのこと。最早読みが複数考えられるものはアウトらしい。極論を言ってしまえば戸籍に名前の読みは登録されないのでどんな読み方をしても法的にはOKなのだが(それがDQNネームの増加の原因の一つとも考えられる)、この意見はあまりにも極端ではないだろうか。

 

市川海老蔵小林麻央夫妻の長女が「麗禾」ちゃんと名付けられた時も、ネット上では梨園からDQNネームが出たなどと騒ぐ人が多くいた。確かに「禾」の字の音読みは一般的にあまり知られていないかも知れない。然し意味合いとしては「美穂」とほぼ同じである。

 

悠仁さまが誕生された際もDQNネームだと云う声があって、もう極々普通の名前以外は認めないという意見を持つ人も少なくなく、DQNネーム呼ばわりされるのが嫌で周りの目を気にして子供の名付けに苦労する親御さんもいる。

 

然し勿論、変わった名前が良い方向にはたらくこともある。

珍名として知られる著名人を紹介してみる。

 

江崎玲於奈

ラテン語で獅子を意味する"Leo"から。弟は融悧亞(ゆりあ)。

自分の変わった名前を幼少の頃から「自分はみんなとは違うんだ」という風に捉えていた。


下條アトム

「今後の原子力は戦争ではなく平和のために使われるはずである」と云う親御さんの思いが込められている。


速水もこみち

「まっすぐ」を意味する「もこ(moco)」と日本語の「道」

※実際は親の勘違いらしく、モコに真っ直ぐと云う意味はない。スペイン語でmocoは鼻水などの意味がある


・奥山一寸法師

フリージアマクロス株式会社社長。当時5歳だった実兄の佐々木ベジにより命名された(佐々木ベジも本名)。

 

・大槻マミ太郎

皮膚科の権威。自治医科大学医学部教授、東京大学医学部講師。


・金井憧れ

北海道放送の女性アナウンサー。

 

上記の人全員が名前のお陰で立派になれたなどと言うつもりは無いが、インパクトの面ではかなり功を奏していると言える。

 

まーなんやかんや書いたものの、自分の周りを見ると変わった名前の人がちらほらいるもんである。私の親戚にもネットにあげたら間違いなくDQNネーム認定を食らいそうな名前の子が何人かいる。私の父親の名前も変わっていて、50年近く生きてきて、初対面で名前を読んでもらえたのはたった一度しかないらしい。しかし名前の所為でいじめられたことはなく、親を恨んだりしたことも無いと言っていた。かつての自分の同級生にも変わった名前の子がいたが特に本人は気にしている様子も無く、いじられても慣れた様子で返していた。


紹介したように、現在は普通の名前の子の方が少ないのではないかと思うほど風変わりな名前が増えており、今後名前でいじめられるようなことは少なくなるだろう。普通の名前でも文句を言う人はいるし、変わった名前を個性として武器にする人もいるし、もうこればっかりは本当に人それぞれだと思う。

 

実際他人の子どもの名前が何だろうと関係無いし、どうでもいい。その家族が幸せならいちいち容喙する必要は無いと思うし、DQNネームにいちいち反応している人達は暇なんだろうなーと常々思う。

 

子は親を選べない。名付けをする際は子の身になって、真剣に考えたいものである