THE LAUGHING WOLF

便所のお供に、是非。

坤という苗字からの敷衍

乾さんと巽さんは比較的よく見かける苗字である。

艮さんも数こそ少ないが確かに存在する苗字。

然し何故か坤さんはいない。

 

同様に戌亥、辰巳、丑寅と云う苗字もそれぞれ実在するが、未申と云う苗字は確認できない。
 
ヒツジサルと云う苗字が存在しないことには以前から疑問を持っていた。
一応「坤」の字を用いる苗字は「坤徳」と云う一種類だけが実在するが、戌亥と辰巳に至ってはそれぞれ「戍亥」「戊亥」「辰己」「辰已」と誤記交じりの亜種も存在するのに、ヒツジサルだけ何故苗字にならなかったのか。
 
 
抑々乾や巽は方位を指す言葉である。
十二支を夫々の方位に当て嵌め、北・東・南・西を子・卯・午・酉とし、その間に当たる方位を艮(丑寅)・巽(辰巳)・坤(未申)・乾(戌亥)と呼ぶ。
 
今では専ら年賀状を書く時ぐらいにしか存在を意識しない十二支であるが、嘗ての日本では暦や時間、方位を表すのに十干と十二支が用いられており、人々と密接な関わりを持っていた。「子午線」「甲子園」など、干支を元にしたワードには現在でもよく耳にするものがある。「干」は幹・肝、「支」は枝・肢と同源とされる。余談だが「干支」と云う言葉は十干と十二支を合わせたものを呼ぶので、「今年の干支なんだっけ」と云う問いに対して「午だよ」と答えるのは誤りである。
 
そして「乾」「巽」「艮」「坤」と云う漢字は八卦(易で用いられる八つの基本図像)のうちの四要素であり、これら十干、十二支、八卦と五行、陰陽はここで書くのがすげぇ面倒臭いぐらいややこしく密接に関わっている。陰陽道では東と南が「陽」、北と西が「陰」とされ、北東と南西は陰陽の境目に当たり不安定な方位であると言われている。易に於いても隣り合う八卦の方位の相関関係を見ると艮だけ隣の方位との相性が悪く、これは北東が「鬼門」と呼ばれる所以になっている。牛の角を生やして虎柄のパンツを穿いている鬼のイメージは、この艮と云う方位の名前に由来している。南西の坤は鬼門の対称に位置する為「裏鬼門」と呼ばれ、これまた縁起の悪い方位とされている。
 
対して乾と巽は隣り合う方位との関係が良好であり、自然から正の作用が齎される縁起の良い方位であるとして、苗字に多く使われている。風水や占いを馬鹿にする人をたまに見るが、その人の苗字が乾や巽だったらとんだ笑い話である。
 
しかし思い切り鬼門と呼ばれている「艮」姓があるのに、剰え「鬼門」と云う苗字すら存在するのに、「坤」だけが存在しない。
 
ここまで書いておいてなんだが、何故ヒツジサル姓が存在しないのかは結局分からなかった。まず苗字に「未」の字が入る時点で激レア確定だし、尚且つその読みが「ヒツジ」となるともう国を挙げて保護するレベルの絶滅危惧苗字になってくる。そのぐらいヒツジは他の十二支に比べ、苗字の世界から圧倒的にハブられている(未年生まれの私涙目)。
 
確かにヒツジサルは他の三種と比べ異様に語感が悪い。イヌイとタツミのスタイリッシュさと比較したらヒツジサルはあまりにも格好がつかない。八卦でも「乾」は天を指し「坤」は地を指しているから、どうせ苗字にするなら天を指す乾にするだろう。私だってそうする。
 
春、夏、秋さんがいるのに冬さんがいなかったり、犬さんがいるのに猫さんがいなかったり、男さんがいるのに女さんがいなかったりするのと同じように、乾、巽、艮さんがいるのに坤さんがいないのは、大して理由のないことなのだ。いないものはいない。そんだけの話。
 
 
 
余談
 
しかし苗字を調べてるといろんな俗学が身に付くなぁとしみじみ。八卦、五行、干支なんて調べようと思わなきゃまず知識にならないが、こうも自分にとって身近なものだとは思いもよらなかった。
 
 冬姓と女姓がいないことの考察を序でに少々。
 
抑々「冬」と云う季節自体あまりいい印象を持たれないから納得は出来る。「冬の時代」とか、枯れ木のイメージとか。
 
「女」は、元々女性が虐げられる立場であったことから大体窺い知れる。漢字字典で部首が女の項を見ると、見事に良くない意味の漢字が揃っている。男女平等を謳っても我々が漢字を使い続ける限り、本当の意味での差別は無くならないのではないかと思う。
 
犬さんが絶滅危惧種であるため犬姓と猫姓については書きません。悪しからず
 
 
2014年6月6日 追記
犬さんは実在しないことがわかりました。大変失礼しました